あきらめない 3

□大雪の千歳空港

 1996年1月札幌で仕事を終えて、千歳空港からいつものように全日空(ANA)17時発の便で羽田空港へ帰る予定だった。空港には15時30分頃到着し、早めの手続きをしてゆっくりしよう、と思ったところで突然雪が降ってきた。ガンガンに降ってきた。荷物を預ける直前に「手続き中止」の案内が掲示板に出た。全ての便が止まり、出発カウンター付近は日曜の夕方だったため、私と同じように不安を抱えた人たちでいっぱいになった。
 ここ千歳空港は日本一雪に強い空港だ。小やみにさえなれば、飛行機の運航は始まるだろう、と言われた。16時、滑走路に除雪車がはいり、空港閉鎖となった。すると、私の乗る便よりも後の18時出発便が「欠航」と表示された。雪のため着陸ができないので、それぞれ飛行機の出発地で運航取り止めになったためだ。千歳空港に到着しない後ろの便の欠航の方がどんどん決まっていく。「欠航」の赤い文字が続々と電光案内板に並んだ。
 私の乗る予定の便とその前の数便は、「天候調査中」の文字がついている。そう、まだ望みはある。雪が小やみにさえすれば、すぐそこでスタンバイしている飛行機は「飛んであげるよ!」と言ってくれるのだ。

□千歳空港での攻防

 私の翌日の予定は、朝9時から日本石油野球部(現エネオス;川崎市)の指導だ。いかに自然現象とはいえ、仕事のキャンセルはしたくない。
 出発予定の17時を過ぎた。なんと2時間弱の間に30センチ近く積もっているらしい 。空港の外を見ると、ひたすら大きな粒の雪が降っている。いかにも北国らしい風景だ。きっと、航空会社も空港にスタンバイしている数機だけはなんとしても飛ばせたいのだろう。欠航がなかなか出ない。この粘りが奇跡を起こす、と私は信じていた。何しろ私は運がいい。「ガンバレ~!」と電光案内板に向かって叫ぶ。気合むなしく私の乗る予定の便以外はすべて「欠航」の文字に変わった。可能性があるのは1便だけなのだ!
 奇跡よ起きろ!今まで不可能を何回可能にしてきたことか!頼む!
 が、無常にもその数分後「欠航」が表示された。ガ~ン!!空港でのアクシデントは3たび訪れた。しかし、ここで打ちひしがれる訳にはいかない。明朝仕事があるのだ。簡単に信頼を壊す訳にはいかない。可能な限り早く東京に戻るのだ!
 まずは、明日の一番早い飛行機に乗って帰ろうと思った。長い列が出来ているANAカウンターに並んだ。10分程度で私の番になった。

私「明日の便に変更したいのですが」
係「はい、東京行きで現在空席がある一番早い便は17時ですが よろしいですか?」
私「午後5時?それじゃあ仕事にならないよ!あとは乗れませんか?」
係「はい、その前はあいにく全便満席でして17時より後の便はすべてかなり余裕がありますが」
私「少し考えます」

 この「あいにく」というのは飛行機の予約ではよく聞く言葉だ。欠航のサインが最後に出たツケが、こんなところに出た。すでに大勢の人たちが空港を後にしている。どこかホテルでも探すのだろう。私の隣の人は、電話を使って会社の上司であろう人に「いや~飛行機が欠航で帰れません、明日の遅い便しかないので、明日は仕事を休みます」と笑いながら話をしている。また別なグループは「雪のおかげでもう一日観光ができるね」と会話をしている。
 今日中に東京へ帰るのは不可能だ。他の手といえば「そうだ!」今の時間なら寝台列車だ!すぐに時刻表を見た。調べると、およそ15分後に寝台特急「北斗星」が南千歳駅に到着する!これに乗れば明日の午前中には東京に着く。そこから神奈川まで直行すればいい。迷惑は最小限ですむ。南千歳駅に、急いで向かう。駅の窓口で聞いた。ちなみに駅には私以外に誰もいない。

私「次の寝台なんですが、東京まで、ひとりあいてますか?」すると無常にも
係「本日の北斗星はすべて埋まっています、満席です」
 エイ!どうせ乗ってしまえば、なんとかなるだろう。衝動的にそう思った私は、チケットもないのに駅のホームに行き、寝台列車の到着を待った。数分後、北斗星が到着した。私の目の前に、指差し確認をしようと車掌さんが出て来た 。
私「すみません、ひとりなんですが、乗せてもらえませんか? 」
車「指定はお持ちですか?」
私「ないんですが、一部屋くらいなんとかなりませんか?」
車「指定がなければ、無理です」
 当然の答えが返ってきた。残念ながら私に、規則を犯してまで無理矢理乗る度胸はない。そのまま列車を見送り、駅で考えた。

□捨てる神と拾う神

 先ほど、千歳空港からの空きは明日の17時と言われた。他の空港から出発する空き状況はどうだろうか? 公衆電話でANAに問い合わせた。

私「札幌発が欠航になりましたが、旭川空港から一番早くて何時の便が空いていますか?」
係「そうですね、明日は13時の便になります」
私「では、函館空港からは何時がありますか?」
係「はい、函館空港からは8時35分発の飛行機に余裕がありますが」  

 「ビンゴ!」私の持っているチケットの予約変更をする。次に陸路だ。千歳から函館まではかなりの距離がある。以前、川瀬さん(札幌在住の仕事仲間)と車で移動した時は6時間かかった(この時もとんでもないハプニングの連続だった)。何としてでも今日のうちに函館へ移動しなければ。「神様、JR北海道様、どうか列車がありますように。」
 神様はいた。南千歳19時発の函館行き快速に乗れば、5時間後の0時に函館駅に着くことがわかった。駅で待つ時間はほとんどなかったが、私の友人で競輪選手の青柳禎さん(故人)に電話をした。どうして青柳さんかというと、当地には競輪場があるから、安く融通のきくホテルを知っているかもしれないと考えたからだ。なんとかなるかも、と思った。

私「青柳さん、これから急きょ函館に向かうんですが、どこか駅前のホテルで知ってるところがあったら紹介してください」
青「函館には何度も行きますが、選手宿舎以外は泊まった事はありませんよ。でも調べておきますね」 と、危うい返事をいただき、さっそく快速に乗り込んだ。
 5時間の長旅だ。座って一眠りしようというのは甘い考えだった。快速列車に乗ったらなんと満員。立っている人もたくさんいる。北海道でこんな時間に満員だなんて、またまた予想していなかった。ディーゼルの音が大きく響く。札幌からの乗客はすでに一時間もこんな中にいるのだ。誰もかれも疲れている。もし外を眺めることでもできれば美しい雪景色だったろうが、夜だから何も見えない。もっとも私は、疲労感よりも、函館行きに乗れた喜びの方が大きかった。1年前に、高岡駅から富山駅まで自分の荷物とは別に大きな道具箱2つを持って移動した。この時はひとつ30kgあろうトレーニング器具がはいった道具箱をひとつずつ持って駅に降ろした。ひとつ持って階段を降り、階段を上ってもうひとつを持って階段を下りる、といった具合でえらく苦労しながら移動した経験があったので、乗っているだけでいいのだからかなり安心感があった。
 それにしても、この列車はなかなか人が降りない。東室蘭、伊達、洞爺湖、長万部、と旅行好きにはたまらないくらい有名な駅に着いても、ポツポツと人が降りるくらいで一向に座席に座れないのだ。さすがに立って2時間を過ぎるとしんどくなった。車両の接続部分に近いところに、車内販売用の小さなカウンターがあった。車内販売はなかったので、人も品物も何もなかった。この一角にもたれ、時に荷物に腰をおろしてゆられた。そこへ青柳さんから電話がかかってきた。心当たりのホテルがない、とのことだった。残念だが仕方がない。駅についてからなんとかしよう。まさか、は考えないようにした。

□函館で

 結局、最後まで座席に座る事ができなかった。この列車はすでに運行されていないから貴重な体験だった。函館に着いたのは0時ちょうど。快速に乗っていた乗客が散らばると、駅の構内はしずか~になった。さて、泊まるところを探そう。さすがに冬の北海道、駅構内のベンチに寝る訳にはいかない。あてはなかったが、駅には情報がたくさんある。視線を少し上にすると、看板が出ている。ビジネスホテル××、素泊まり5000円なんて感じ。さっそく駅から徒歩1分、というホテルに電話した。眠そうな人が電話に出て、あっさりOK。
 安下宿のような暗く狭い部屋に泊まり、翌朝食事をする時間もなく、函館駅7時発の空港直行バスに乗り、空路東京に戻った。クライアントには事情を話し、お昼過ぎから無事に仕事をすることができた。逆にどんな状況でも努力を忘れないという誠意が相手に十二分に伝わった結果となった。

冬の北海道、と聞くだけで思い出すたいへんな出来事でした。

 

平岩 時雄

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